秋保電鉄 宮城県 2004.5.25踏査 2005.4.28再踏査


 秋保電鉄は大正3年、秋保温泉付近で採掘された秋保石の運搬を目的とした秋保石材軌道という馬車鉄道に端を発する。その後大正14年に全線電化し秋保電気軌道となり、秋保電気鉄道から仙南交通と名称を変え昭和36年に廃止となる。ここでは、地元仙台で一般的に使われている「秋保電鉄」を一般の呼称とした。
 廃止からもうすぐ半世紀を迎えようとしている軌道跡は、開発の波に飲まれつつもしぶとくその痕跡を今に伝えていた。
 そして、2005.4.28、アーチ橋の破壊を伝え聞いた私は、BAKUと共に再び秋保へと向かった。その他にも数枚の写真を追加したのでご覧頂きたい。

※2007.6.9 キャプション改訂・長町駅周辺その他写真を追加


JR長町駅付近の廃線跡

 10年以上前に政令指定都市となった仙台市の街並みの変化は激しい。ここ長町地区も例外ではなくJR長町駅付近の再開発が着々と進んでいる。秋保電鉄の軌道跡は比較的以前からにぎやかな地域であった駅の西側に位置していたため、長町駅から伸びる軌道跡が未舗装の駐車場として残されている。写真は長町駅方向を向いたもの。突き当たりのビルはNTTのビル。
 現在の長町駅跡は、たいはっくるというマンションとの複合施設が建設され、駅の面影は無くなってしまった。
 たいはっくるの片隅に、長町駅跡を示す記念碑がひっそりと佇んでいた。
 軌道跡はこのまま長町駅前から伸びる太い市道にファミレスの敷地付近で突き当たるまで確認できる。この太い市道は秋保電鉄の軌道跡を利用して、昭和50年代に拡幅されているため、このあとしばらくは市道〜国道286号線にそって進むことになるが痕跡は残っていない。
 参考までに昭和50年撮影のカラー空中写真を見ると、拡幅工事の真っ最中でありかろうじて軌道跡が確認できる。


鈎取駅付近

 鈎取駅手前の国道286号線。このあとしばらくして、軌道跡は国道から北へ離れていく。この辺りの歩道幅が不必要に広いのは軌道跡の名残であろうか?道路はこれ以上拡幅の必要性を感じないし、このような感じの道路は釜石鉱山鉄道跡でも見られる。
 国道から離れ耕田寺の裏手に残る軌道跡。写真奥の車が止まっているあたりが鈎取駅跡になる。
 この後軌道跡はわずかな区間を民家の敷地内の道路として進み、ひより台団地へ向かう拡幅道路によって一部を消失している。


太白トンネルまで

 一時は道路に飲み込まれた軌道跡は細い未舗装の道となって、住宅地へと向かう市道沿いに残っている。
 所々市道と重なったりもするが、市の中心部に近い場所では最もよく痕跡が残っている場所である。
 軌道跡の砂利道沿いには民家もあり、現役で使われ続けている。
 旗立地区付近の宮城交通バス専用線に転用された区間。軌道跡は宮交の営業所の手前でやや急なカーブを描きながら太白トンネルへと進入する。
 ここが太白トンネル入り口である。余談であるが心霊スポットでもある(笑)私も会ってしまったし(汗)まぁそれは置いておいて、このトンネルは後年改修されて、断面が小さくなったと言われている。確かに高さが2メートルちょっと。鉄道サイズではなさそうだ。
 馬車鉄道時代の太白トンネル。これを見ると断面が小さくなったというか、路面のかさ上げをしたのだろうか?トンネル自体の形状は変わっていないようにもみえるのだが。でも横幅も縮まっているようにも見える。


茂庭付近〜北赤石駅付近

 茂庭浄水場を横切るトンネル。正式には当時は「第二号トンネル」である。地名などは特に使っていなかったようである。ということは、太白トンネルも俗称で、実は「第一号トンネル」だったりする。
 古いトンネルにはやたらと「隧道」を使いたがる風潮もあるが、ここは正式名称で使わせていただく。
 トンネル形状は当然改築されており、完全に違う物になっている。
 山にそって高度を下げていき、水田を抜けて国道を渡ったあたりで、軌道跡の道路が現れる。写真は長町方向を向いている。奥に見える変わった形の山が「太白山」である。
 国道拡幅の消滅区間をすぎると、秋保街道と笹谷街道が分岐する辺りから県道の一段高い場所を軌道跡の道路が残る。この写真の場所から少し行った辺りが北赤石駅跡であるが、特に痕跡は残っていなかった。
 北赤石駅の先に残る、転用のされていない軌道跡。


秋保温泉までの遺構

 しばらく秋保街道に沿って進んでいた軌道跡は万華鏡美術館のあたりで分岐して一段高い位置を走る。
 写真は秋生山神社の手前。よく塩滝不動尊と混同されて紹介されていたりするがお間違いのないように。塩滝不動尊はこの廃線跡をしばらくたどった先になる。
 磊々峡近くの石作りのアーチ橋梁が残っている。この橋梁に使われている石材が秋保石である。コンクリート構造の鉄道構造物がはやりだした時代のものとしては貴重なものではなかろうか?
 終点の秋保温泉駅である。ここには車庫も残っているが、2002年の冬から元長崎電軌の1053号機が保存展示されている。なぜここに長崎電軌?と思うが、実はこの車両、かつては仙台市交通局で路面電車として使用されていたもので、めでたくお里帰りをしたわけである。

 秋保温泉駅跡には、当時使われていた車庫が現在も保存されている。
 2005.4.28現在のアーチ橋の状況。完全に破壊されて、代わりにヒューム管が埋設されようとしている。
 
 私が去年見た、アーチ橋の姿がもう見れないとは、非常に残念である。
 
 仙台市には、地下鉄東西線等の都市開発も重要であるとは思うが、近代遺構の見直しが叫ばれている状況をふまえ、今後近代鉄道遺構の積極的な保護をお願いしたいものである。


END

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