| 第一回へ 第二回へ 前回まで…秋保電鉄の終点から、仙山電気軌道の計画図と見比べながら川崎停車場予定地まで辿ってきたが確定的な発見をすることが出来ずにフラストレーションの溜まる踏査。唯一川崎停車場予定地になんとなく駅前の雰囲気を感じるにとどまる。 さて、川崎の集落を後にした我々は、ほぼ国道と並行するように軌道予定地を探していった。気になる発見といえば、国道と並行しながら途切れ途切れになりながらも一直線のラインで結べる農道の存在である。(写真) この道もなんらかの買収があった可能性があるが、現時点での確証は得られていない。 ところどころ迂回を重ねながら我々は野上(のしょう)停車場の予定地へと足を進めた。 ![]() ![]() 野上停車場予定地も、川崎のように「なんとなく」駅跡のような雰囲気がある。それはこの一画だけがなぜか長年利用されずに忘れ去られていたかのような感じなのだ。 廻りを見渡すと小さい集落とはいえ、他の家々は比較的密集して建てられているのに対し、予定地の一角だけぽっかりと資材置き場のような感じで利用されている。 その後の予定線は現在の山形自動車道とほぼ同じルートである。この周辺に道路、もしくは鉄道を新設するとなると、限られた条件になってくる。結果山形自動車道ルートと仙山軌道ルートが一致しても不思議ではない。 ![]() 結果、山形道だけを見るような踏査になってしまった。宮城県側の最後の停車場、笹谷停車場予定地は現在ゲートボール場。やはりその一角だけが取り残されたような空間になっている。 笹谷停車場を過ぎた後、予定ルートは山形道ルートからやや外れ、国道のすぐ脇を抜けるルートになっているようだ。 ![]() 現在の国道はやや拡幅を受けているようなので、実際の軌道予定地は国道の端っこあたりである。写真は山形方向に向かって右から山形道、国道である。 ![]() 笹谷峠に入る大きな国道のカーブ。そこを予定線は直進して隧道に入る予定であった。 周辺を探索してみるが、全くの手つかずであり手がかりは発見できなかった。 我々が発見した資料は宮城県内の資料のみであったが、当然山形側での計画も進んでいたらしい。その決め手となるかと思われた、山形県内の有力者から秋保電鉄社長に送られた書簡の解析を河北新報社に依頼していたが、結果は全く期待はずれだった。 要約すると以下の通りである…。 「山形側の計画は資金難等でかなり厳しい状況である。こちらもなんとか頑張るつもりだが、手助けは出来ない。そちらも気を落とさずなんとか頑張って欲しい」というような、まぁ今の政治家のセリフを借りれば 「持ち帰って検討します」 みたいな、ほぼ絶望的な内容であった。 こうして私の中ではこの踏査に関しては終了という結果にした。 今回利用した資料の一部は、現在JR仙山線東北福祉大前駅に隣接する「鉄道交流ステーション」に所蔵されている。機会があれば皆さんも仙山鉄道の夢と謎を追ってもらいたい。 END |