関西鉄道大仏線 木津駅周辺の変遷 奈良県 2007.4.30踏査他



 大仏線は明治31年開通、明治40年廃止という、関西鉄道が国有化される以前に廃止された短命な路線であった。廃止の経緯については奈良へ乗りいれていた他の私鉄及び関西鉄道桜宮線の木津周辺を巡る変遷も、大いに関係があるので併せて紹介するとしよう。
 名古屋〜草津間の開通(現草津線)の開通に始まる関西鉄道の歴史は名阪路線の開通という目標に向かい、路線の延伸が着々と進められていった。その変化を図にまとめてみたので下図を参照してもらいたい。



 大阪を目指す関西鉄道は、まず2の状態、浪速鉄道を買収しその路線を延長して新木津駅まで延伸させる。一方名古屋から伸びてきた路線は奈良への接続を目指すが、奈良駅への乗りいれ協定の関係で奈良駅の北に「大仏駅」を開設、これを開通させた。これが「大仏線」である。
 次に、奈良鉄道との接続を行うために新木津〜木津駅間に短絡線を新設し、さらに加茂〜新木津間へ路線を敷設し名阪連絡と仮の奈良乗り入れを完成させる。
 そして、4の状態、大仏線の奈良乗り入れ路線が完成。奈良への直接連絡も達成することとなった。
 しかし、関西鉄道はさらに大阪鉄道を買収し、名阪連絡を大仏線奈良経由で行えるようになり、新木津経由ルートは支線(桜宮線)になる。
 メインルートが奈良経由になったため、輸送量の増大に伴いネックとなったのが大仏線の急勾配であった。そこで、奈良鉄道の買収も達成した関西鉄道は加茂〜木津間に新たな連絡線を設けて、加茂〜木津〜奈良へのルートへと変更。距離的には有利な大仏線であったが、勾配の関係で結局は新ルートの方が総合的に有利なため、廃止ということになった。
 関西鉄道が国有化されたのは、それから2ヶ月後のことであった。名阪のメインルート、加茂〜木津〜奈良〜難波は現在のJR関西本線。木津〜片町間(後に延長)は片町線となり現在に至る。


 大仏線の大仏駅の跡は、現在も小さな公園として残されていた。そこには大仏線の記念碑も建てられておりその歴史を後世に伝えている。周辺は完全に市街化され、路盤の跡は全く追うことは不可能である。奈良駅との接続地点も現在連続立体交差工事の真っ最中で、あまり近づかない方が無難。














 大仏駅跡の少し南、佐保川を渡る場所に、護岸が一ヶ所だけ違う場所がある。碑文と彫刻が施されているのだが、形そのものは橋台である。碑文の中身は解読不能であったが、大仏線の橋台跡であろうか。















 廃線跡が現在でもわかる場所はさらに北上して県道44号線の鴻ノ池という池がある辺りからである。ここもかなりの急勾配で、峠のサミットには黒髪山隧道があったが、現在は切通になっている。















 大阪の交通科学博物館には、その黒髪山隧道の扁額が残されている。関西鉄道(かんせいてつどう)の社紋入りという意匠を凝らした物で、全体の姿がどうであったのかが知りたいところだ。















 県境を越えて京都府に入ると、さらに廃線跡は明確になる。この地点には橋台があったが破壊されている。工事中のようだが、1年経っても変わっていなかった。
 廃線跡は交差点を直進し、さらなる急勾配を登る。














 写真だと勾配の様子という物はなかなか伝えられないものなのだが、周辺の地形の対比で、勾配の様子がよく撮れたと思う写真。これは…30‰くらいありそうだ。廃止になった理由もうなずけるというものだ。















 しばらく登りが続き、サミットの手前。ゴルフ場があるため、こう見えても交通量が多い。


















 途中、跨道橋の上を通ったので、下に降りて撮影。煉瓦の重厚な作りである。


















 さらにすぐ東側にアーチ橋がある。これは路盤の上からでは全くわからないので、先程下に降りたときに路盤の築堤の様子を観察していたときに発見した。
















 ゆるやかにカーブを描きながら加茂駅方向へ。ゴルフ場があるために、道路状況は比較的良いのだが…

















 やはり廃線跡は行き止まりになっていた。(ボツネタ参照)
 ただこの辺りは関西本線が一気に近づいてきて、落差も大きいのでそれなりに準備していけば完全踏査も可能?かなとも思うが。ここは無理をせず、一度加茂駅側に一気に迂回する。
















 大仏線の路盤跡は、関西本線の横に今も残っていた。大仏線の橋台が現存。


















 踏切脇にも石積の橋台が現存していた。
 やがて路盤跡はそのまま加茂駅の構内へと吸収されていく。
















 続いて場所を変えて、大仏線廃止に関連すると言うことで木津駅周辺へと向かう。木津駅にはJR奈良線、片町線(学研都市線)、関西本線の3路線が集結する。



















 やはり一番目立つ遺構は、奈良線と加茂〜新木津間との立体交差跡である。加茂〜新木津間は現在もほとんどが道路になっているのでわかりやすい。写真は加茂方向へ向かって撮影。















 次は新木津駅跡へと向かった。新たに敷設された短絡線が木津へと向かってカーブしていく。

















 今も何となく広い空間は駅跡かな?とも思える感じである。ふとみると何やら怪しい物体が。

















 線路脇に無造作に放置された物体。これ、煉瓦の塊である。全く用途不明であるが、かつての駅構造物なのであればぜひ保存して欲しい。というか、この状態でぶん投げてあるのは、そう意味もあるのかなとも思う。普通は撤去するだろうし。
 これがなんなのかは追跡調査を行おうと思っている。











 物体の拡大写真。筒状になっているので、煙突?っぽいのだが。にしても煉瓦構造物という点では貴重なものであろう。

皆様の情報も募集中である。





 END

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