東野鉄道 栃木県 2005.2.17踏査


 東野鉄道は東北本線西那須野駅から小川町の那須小川駅までを結んでいた鉄道であった。開業は大正7年のことで、農作物の輸送や、軍事物資の輸送にも利用されていたが、昭和14年に黒羽〜那須小川間が廃止となり、残りの区間は昭和43年12月に廃止された。
 今回の踏査は、前日の大雪の為にかなり押し気味に進めたため、相当見落としもあるかもしれないが、とりあえずみていただこう。


 東野鉄道の起点であった西那須野駅。かつての駅跡は、駐輪場などに転用されていて面影はのこっていない。
 さて、問題のここからの路盤だが、私の「大嫌いな(笑)」ぽっぽ通りという遊歩道になっている。よって紹介する価値はない。(おいおい)
 ぽっぽ通りの途中にある乃木神社前駅の跡には偽物のホームとレールが後から作ってある(きびしーw)
 こんな感じの遊歩道が大田原まで続く。もちろんスルー。大田原の駅跡は、大型スーパーになっていて見る影もない。
 さて、路盤跡が明確になるのは大田原を過ぎて龍泉寺というお寺を過ぎた裏手からである。住宅の裏にほとんど手つかずの路盤が残っている。近所のおじさんにこの奥にトンネルがあると教えてもらう。
 隧道の入口は竹に覆われていて、全体を写すことができなかった。入口は板で完全に封鎖されている。これじゃあ突入は無理です。
 板の隙間から中をうかがう。そんなに痛んではいない。反対側は鉄柵のようなもので封鎖されていた。
 隧道の反対側にまわると、隧道を出るとすぐに蛇尾川(さびがわ)をわたる橋梁になる。隧道の出口に橋台が残っている。
 橋脚の遺構は、河床に砂利を入れられてしまっているが、なんとか残っていた。
 黒羽側の最後の橋脚の基礎も残っているが、橋台は護岸工事の為に消失している。
 川を渡ったところからは、ほとんどが自動車道に転用されている。
 金丸原駅手前の路盤の跡。
 金丸原駅跡付近の様子。実際の駅は写真の左側にある工場のあたりと言われている。ちょうどここが駅前通りだったであろう。
 金丸原駅からの路盤もほとんどが自動車道になっているが、駅跡付近には路盤ものこっているようだ。今回はスルーしてしまった。
 黒羽駅の跡は、正面のコメリがある場所。この付近での有名な遺構である「きしゃにちゅうい…」という看板はどうやら撤去されてしまった。まぁ看板というより、ただのボロ板になっていたからなぁ…。
 黒羽駅から先の路盤も自動車道。途中にホームの遺構などもあるという情報があったが、発見できずにスルー。途中道幅が広くなっていたので、もしかしたら消失していたかもしれない。
 佐良土駅跡と思われる場所は、そこだけ道幅が広くなっている。
 箒川の黒羽側の橋台が、完全な形で残っていた。上には防災用?の施設が建っている。
 橋脚の基礎と反対側の橋台もしっかりと残っていた。
 箒川を渡った後は、一瞬圃場整備などのせいで路盤をロストする。これだとわかるのは小川中学校に伸びる路盤跡で、終点の那須小川駅跡は突き当たりの自転車置き場になっているあたりであった。

END

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