幌内線 その3 岩見沢〜幾春別 幌内太(三笠)〜幌内 北海道 2006.11.12踏査

 幌内炭礦の跡は、細かく見ていけば様々な遺構がありそうだ。だがその多くの場所は当然立入禁止の措置がとられており、残念ながらそういう場所へ侵入する趣味は持ち合わせていないので早々に退散する。
 幌内駅跡からクロフォード公園方面へ戻りながら、ちょこちょこっと何か遺構がないかと探りながら進んで行くこととした。するとプレリサーチの途中でBAKUが気になる場所を発見したという。早速向かってみることとした。

 

 気になる物件というのは、本線から南側へ高度を上げながら分岐していく側線であった。特に資料もないので詳細はわからないが、行き先が気になる。











 その線路の先を追って行くと、どんどん高度を上げて行き、程なくしてレールは宙にその行き場を無くし途切れてしまうのであった。帰宅後空中写真等で確認してみたところ、元々この側線はこの付近で途切れているようで、利用目的などは一切不明であった。
 もちろん現場でそんなことはわかる由もなく(というかなんのためのプレリサーチなんだという突っ込みは置いておいて)この先に何かないかと目を凝らすが何も発見出来るはずはないのであった。







 踏切機器等は一切撤去されてしまっているのだが、残されたレールはまるで今も現役の路線のようだ。一言、「美しい廃線跡」に初めて出会ったような気がする。一見すれば現役の路線であるが、その積み重ねてきた歴史と廃線という運命の重さは物言わず僕らに無言の圧力をかけてくる。荒れ果てた如何にも悲壮感漂う廃線跡よりも、なぜか訴えかけてくるものは数十倍も高い。これは皆さんも現地で味わってほしい。ここでつらつらと言葉を並べても伝えきれないことは僕の文章では当然なのだ。百聞は一見に如かずである。








 再びクロフォード公園へと戻った我々は、しばし公園内を散策してみた。幸い雪は小降りになり、所々青空も見え始めている。といってもいつまでもつかわからないが。もう一度跨線橋をじっくりと眺める。古っぽく見えるがやはり復元物だ。残念ながら本物のもつ重みを表現するのは不可能のようだ。板張りの壁もどこかに現代的な臭いを感じてしまう。









 どこまでレールがあるのかと幾春別方向へと歩いてみた。キハ82の保存車両が置かれているその先で、雑草もそのままにレールは途切れていた。踵を返し、岩見沢方向へと行ってみた。











 岩見沢方には3線分のプレートガーター橋が残されていた。岩見沢方向を向いて左から幌内駅方面へ向かう線路用、残りの右2線が幾春別方向への線路だったそうだ。三笠(幌内太)駅の手前で幌内駅方面へは分岐していたので、幌内駅から三笠駅へ入線するにはスイッチバックなりをしなければ入線できなかった構造である。しかし初期の三笠駅構内はデルタ線を構築していたそうで、駅構内で方向転換をしていたそうだ。








 クロフォード公園を後にし、再び岩見沢を目指して車を走らせる。この先は一直線に続く廃線跡が特徴的だ。田んぼや原野の中にこんもりと盛り上がった路盤の跡が、道路の横をずっと並行して走る。ほとんどの橋梁はそのまま残されていて、拾っていけばきりがない。










 途中、小さな川を渡る場所に煉瓦の橋台にコンクリートのウィングをもつ橋梁跡があった。車窓から眺めているだけなのも面白くないので、天候も落ち着いていることだし降りて見てみることにした。
 まだぬかるむ地面を気にして歩を進める。せっかく乾きかけたスニーカーは再び嫌な感触へと変わっていった。












 橋の袂に不思議な物体。一見ただの棒に見えたが、よく見るとボルトで固定された一枚の細長い板が取り付けられていた。元は勾配票だったのだろうか。











 ほどなくして行程は萱野駅跡へと辿り着く。駅舎は現在ライダーズハウスとして管理されており、こざっぱりとした外観はオリジナルなのかどうかはわからない。「鉄道廃線跡を歩くZ」に載っているあまりにも荒れ果てた外観と違いすぎる現状に多少とまどいもあったが、とりあえず裏手へと廻ってみる。









 裏手に廻ってみると、私の手持ちの資料とはどうも姿が似ているようで違う。三角のファザードは一緒のようなのだが、どうも右左が私の知る姿と逆に見えてしかたがない。前述の書の写真が間違って裏焼きしてしまったか、駅舎自体が適当な復元物かのどちらかである。どうもこの駅舎にはオリジナルにせよ、クロフォード公園の復元物の臭いがしてしかたがない。残念だ。








 一度疑ってしまうと、どれもこれも怪しく見えてきてしまうのは残念なことで、このホームも後からの作り物に見えてきた。いや、作った人を否定しているわけではない。オリジナルならオリジナル、復元物なら復元物とどこかにきちんと明示してほしいのだ。全てが完璧に出来るわけなどないのだから、如何にも本物っぽくつくって実は全く別物でしたなんてオチが一番後からがっかりするのだから。











 こうなってしまうと踏査に身が入らない。適当にすっ飛ばしていくと木立の中に煉瓦の橋台を再び発見。こういった地味な物件は、間違いなくオリジナルなので安心する。











 最後に栄町駅跡のホームを探すがどこにも見あたらない。ふと見ると、あったと思われる場所には新築の駐在所&バス停。おそらく撤去されてしまったようだ。いや、どうせならこれくらい思い切ってぶっ壊してくれたほうがよいのかもしれない。何も跡形も残らないほどに。










 ここまで来るともうすぐ岩見沢である。残りの路盤は放置されているか、住宅地になっているかしている。国道の下をくぐり一度川を渡るが、痕跡は見あたらなかった。釈然としない思いを残しながら、北海道踏査2日目の旅はここで終わり、次は4日後の最終踏査へと旅は続く。


 幌内線の項 終了

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