奥羽本線旧線 陣場〜津軽湯ノ沢 秋田・青森県 その1 2005.6.1踏査


 「鉄道廃線跡を歩く」の巻頭ルポでもおなじみの今回の踏査区間、奥羽本線旧線 陣場〜津軽湯ノ沢間は私は今回を含めて3回、同行のBAKUは2回目となる。しかしBAKUは全く記憶に無いという。そう言われれば、陣場駅の辺りはきちんと見せたが、その他は…と私の記憶もかなり曖昧なのだが実はこの区間、ボツネタとして作成していた。どうも当時の私の嗜好は隧道の写真ばかり撮っていたようで、他の写真が全くなかった(笑)最近国道の付け替えの為に一部の遺構が消失したと聞き、最新の情報をお送りしようと思いこの度の踏査に至った。そう言えば、この区間「鉄道廃線跡を歩く」では宮脇さんの巻頭ルポはあるけれど、執筆陣の本踏査は誰もやってないんですよね。なんか不思議です。

 早速秋田側の陣場駅を訪れる。ここからの区間の変遷は昭和45年11月に現在線へと移行したとある。(ただし第2・第7矢立隧道は昭和10年に開削撤去されている)この陣場駅も、新線への移行に伴いホーム位置の変更が行われている。さてこの陣場駅、旧線位置に架線敷設の練習施設があることを知る方も多いと思うが、今回の踏査で大きな変化が見られた。写真を見れば一目瞭然で、なんと「レールが敷かれて」いた!もちろんこの場所は旧線の位置でこのレールも昔は無かったが、結構しっかりとレールが敷設されていた。もちろん本線とは接続していないのだが。この方が確かに臨場感はあるが、それだけの為にレールを敷いたのだとしたらJRにもなかなかイケテル人がいるなと思ってしまった(笑)




 こちらは峠越えの前に石炭を積み込んだ貯炭槽の跡。前述の架線施設はこの裏側辺りまでを利用している。



















 
 旧駅の北側にはホームと駅名標の枠だけが今も佇んでいる。
 ここを過ぎるといよいよ現在線と旧線はその間隔の距離を増して、現在線はトンネルへと真っ直ぐ進むが、旧線は矢立峠への登りへと向かっていく。















 宮脇俊三氏とほぼ同じ位置で第2下内川橋梁を眺めるBAKU(ちょっと狙いましたw)国鉄の廃線で、ここまでしっかり橋梁が残っている例は東北ではあまり見ないので、貴重な存在である。
















 旧線の跡は国道からやや離れて、集落の中を進む。集落の外れにアーチの橋梁が築堤と共に残っている。
 この辺りですでに勾配はかなりのものになっている。
















 国道と交差する地点では、国道の橋の下に旧線の橋台が残っていた。
 ここで、ここまでの経路を下の地図でご確認頂きたい。現在の地形図でもその築堤が、地図記号で表されている。





















 国道7号と交差した後は、国道のすぐ横を併走する旧線の路盤を観察できる。

















 そして、日影温泉への入口の道に、第一下内川橋梁のアーチ付き橋台がかつては残っていたのだが、ちょうど旧線をそのまま利用するように新しい国道7号線の工事が行われている。この後に続いて第7矢立隧道があったのだが、前述の通り昭和10年に開削されている。しかし現在は路盤そのものが完全に消失してしまった。国道の橋の位置は大湯沢川橋梁のあった位置。











 


 次に旧線跡が現れるのが、第六矢立隧道の弘前側である。続くように赤湯沢川橋梁の橋台が残っている。
















 これも有名な光景。矢立温泉の建物の横に残る橋脚跡。


















 第六矢立隧道の内部は閉塞はしていないようだが、資材置き場として利用されている。人目も気になるので突入は断念。


















 第五矢立隧道も内部は物置。以前より周辺もガードが堅くなっている雰囲気。有刺鉄線が増えていたり。ここはあまり深入りしない方がいいようだ。それだけ廃線趣味者が増えているということなのだろうが、嬉しいやら哀しいやら…。
 今回はここまで。次回は矢立峠のサミット、第四矢立隧道から津軽湯ノ沢までの青森側をご紹介する。



後編へ続く






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