奥羽本線旧線 陣場〜津軽湯ノ沢 秋田・青森県 その2 2005.6.1踏査


 

 第5矢立隧道の弘前側坑口を抜けると、県境の第四矢立隧道までの路盤は既に深い藪に覆われていた。下に降りようかとも思ったが、足元がはっきり見えない為、今回はスルー。そのまま旧道を抜けて、青森側へと移動する。
 第四矢立隧道の弘前側坑口へは、国道7号の矢立峠を越えた青森側の路側に広いスペースがあるが、そこから下に降りていく轍を素直に辿ると、やがて旧線の路盤へとたどり着く。










 第五は煉瓦であったが、この第四と第六は石組のポータルを持つ。混在させたことに何か意味があるのだろうか?以前はあった立入禁止のロープも、だいぶ前から消えて無くなっている。
















 第四矢立隧道は直線的な為、遠くに既に大館側の明かりが見えている。後から巻かれたであろう鉄骨の骨組みが不気味な感じである。常に湧水があるのか、隧道の道床にはパイプが埋設されており、中央のコンクリの箱の蓋を開けると清冽な湧水が勢いよく渦巻いていた。













 ここに来て、あることに気付く。
 「長靴履き忘れた…」
 しばらくは、こんな感じで隧道の端をゆっくり進んでみたが、やがてどうしようもないぬかるみに嵌り撤退。内部の様子は山さ行がねが様を参照してほしい。ついでに言うと、この側壁にさわると大変なことになる。おそらくは蒸気機関車の煤煙と泥の混じり合った真っ黒な物体が手にこびりついて水洗いごときじゃ落ちなくなる。










 第三矢立隧道は、相乗温泉側の民家の裏手にある。思いっきり裏庭チックの為、今回は近づかず弘前側を狙ったが、この奥の深い藪に隠されており近づく気が起きなかった。(行けなかったわけじゃないw)
 写真はかつてのあいのり温泉の前にある駐車場から撮影。ここにくるとつい口ずさむあの歌。
 「うぉーたーこーすた〜♪はしるみずしぶき〜♪めもくらむそのたーかさー♪…」
 
「なにそれ?」とBAKUが言う。
そうか、彼は札幌出身の為知るよしもない。これこそ今は無き「あいのり温泉CMソング」である。昭和60年前後に青森周辺に居住していた人なら誰でも知るこのソング。未だに頭から離れないのは、昭和の名曲に他ならないからであろう。青森の心霊スポットとして有名な、あいのり温泉の廃墟には相変わらず霊がうろついていたが、今回は廃線踏査の為寄らずに次へ進む。余談だが私は武田久美子の「アップル体操」も頭から離れない。ちなみにぐぐっても出てこないのであしからず(笑)




 駐車場の看板が建っている場所が、かつての旧線の路盤。



















 ここは以前から土盛りされていたが、この辺りが第二矢立隧道があった場所と思われる。旧線の廃止以前に開削されているため、痕跡を見出すのはもはや不可能であろう。なにしろ旧線の路盤自体がわからないのだから。

 ここで、第四矢立隧道から第二矢立隧道?附近までの地形図を紹介しておく。













 


 最後の隧道、第一矢立隧道へ至るまでの路盤は路盤であることはわかるのだが、明確な痕跡はない。

















 少し下ると、路盤上に今は使われていない別荘地が現れる。温泉に近いことを売りにしたのだろうが、この辺の積雪をなめちゃいけない。恐らくは冬季の維持が苦となり手放したのであろう。















 別荘地の裏手に第一矢立隧道がある。やはりここも物置として使われていた。


















 完全に封鎖はされていないが、進んでも出れる保証がないので、ここは引く。何しろ明らかに私有地。まぁ見ている人間もいないのだが。

















 この場所もこの区間のシンボル的な遺構。アーチ橋台の上に建つ怪しげな建物はかつては喫茶店だった。おぼろげながら営業していた頃を見た記憶がある。もう20年以上前のことであるが。

















 上に登ってみるが、窓から嫌な視線を感じるのでこれ以上は進めなかった。路盤は今立っている場所から奥へ真っ直ぐ進んでいる。















 先ほどの場所を振り返った場所の先で、旧線は国道をオーバークロスする。このコンクリート橋梁は、車で上を渡ることが可能。

















 痕跡ははっきりとしないが、旧線の路盤上に再び住宅地が現れる。ここは定住している人もいるので踏査には注意されたし。この辺りが旧津軽湯ノ沢駅と思われるが、よくわからない。
















 現在の津軽湯ノ沢駅の東側から旧線の築堤が寄り添って来て、やがて合流していく。


















 この区間最後の遺構、築堤の下にコンクリートアーチが今も現役で使われていた。

 




 END









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