常磐線旧線 富岡〜鹿島 その3 福島県 2005.1.27踏査


 今回で、東北地方の常磐線旧線めぐりは最終回。
 最後は小高〜磐城太田間と原ノ町〜鹿島間の遺構をお伝えして行こうと思う。
 常磐線旧線は全体的にアクセスもよく尚かつ遺構も豊富という、これから廃線巡りをしてみようという方にも  非常にオススメな区間である。
 雪もあまりないので、晴れた日には行ってみてはいかが?


小高〜磐城太田間の遺構

 小高駅から少し北上したあたりで、旧線は分岐していくが、新堀川を渡る地点に、第一新堀川橋梁の遺構が残っている。この前に小高川も渡っているのだが、その橋梁の遺構は発見できなかった。ただ前後の築堤は残っている箇所がある。写真は上野側の橋台。
 岩沼側の橋台は道路の横。シンプルなイギリス積みの橋台。
 現在線の脇を500m程旧線の跡が、藪の築堤と保線道路として続いている。保線道路の入口にはフェンスがあるが、まぁそれはお約束でw
 現在線の岩迫トンネルより、やや奥まった場所に旧線の岩迫隧道はあった。
 凸型の坑門を持つ岩迫隧道。金山隧道から北側は凸型もスタンダードな意匠。
 内壁は不気味な色調を見せる。内部はややカーブしているため、出口は見えない。闇の中に浮かび上がるこの煉瓦の色調は、一人でもぐるには微妙に怖かったりするw
 岩沼側の坑門の色は煉瓦のそれとは違う赤。役目を終え、苔むしながらなおも刻をきざみ続ける。
 ほとんどが石積の側壁をもつが、ここは煉瓦の側壁を持つ。
 合流点のすぐ近くまで、草も刈られていて、一目でそれとわかる。


原ノ町〜鹿島間の遺構

 初めは川子隧道の付け替え跡である。市道の脇から線路脇におりる砂利道を行くと、旧線の分岐点に出る。
 やはり保線用に使われているようで、車の轍がはっきりと残る旧線跡。新線の西側に川子隧道がある。
 いたってシンプルな川子隧道の上野側坑門。
 ここは車でも通り抜け可能。本日はテポドン代理のため、下回りを気にせずにガンガン行かせていただきましたw
 同じ作りの坑門だが、鉄骨の補強が入っている。どの辺がどう補強になっているのかは、いまいちよくわからなかった。だってすかすかだし。煉瓦はバラバラに崩れるだろうし。補強じゃないのかな?
 草刈りも行き届いた合流点付近の旧線跡。
 続いて、江垂隧道の付け替え跡。市道のすぐ脇に旧線の路盤が残る。
 隧道の入口に近づくと竹の猛攻撃に遭う。こいつがなければ車での通り抜けも可能である。
 こちらもシンプルな江垂隧道の上野側坑門。竹の葉の緑がベストマッチ。
 これは距離票?だろうか。「297」と数字が書かれている。
 こちらは岩沼側坑門。
 春先は山桜が咲くという。
 やがて、江垂踏切の先で現在線に合流する。この後は宮城県内の逢隈〜岩沼間に旧線跡が残っている。


おわり。

つづく

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