東京都港湾局専用線 東京都 2006.10.28踏査

 東京都の晴海埠頭と豊洲埠頭に、越中島貨物駅から伸びる専用線があった。これが今回紹介する東京都港湾局専用線の晴海線と豊洲線である。とりあえず東京なんて滅多に行かないので、一体どこからアプローチすればいいのかというところから悩みは始まるのだが、「鉄道廃線跡を歩くZ」をみた感じでは京葉線の潮見駅が一番近そうである。この京葉線も元々貨物線として建設された経緯があるが今回は置いておいて、先ずは出張先の川崎から東京駅へと向かった。東京駅で京葉線へと乗り換えるのだが、ある程度予想はしていたが乗り換えにこんなに歩くとは思わなかった。なんか一駅分くらい歩いた気分である。とりあえずホームにいた電車に慌てて乗り込むとそれが快速で目的の潮見駅を通過してしまった。田舎モノ丸出しである(笑)
 なんとか潮見駅にたどり着き目的の場所へと歩き出すが、これがまた見知らぬ土地の数百メートルは何qにも感じるのか、なぜか疲れる。とりあえず地図を見ていただこう。


 碁盤の目のような運河沿いの道を歩き、なんとか越中島貨物駅の末端へと辿り着いた。昭和60〜61年にかけて廃止された路線であるが、その後十数年を経てどのような状態になっているだろうか。


 すると一条の錆び付いたレールがしっかりと残っていた。おそらくはこの周りにもレールがあったと思われるが、現在は駐車場になったりしている。周りはマンションがたくさん建っていたりして、カメラを構えていると非常に目立ちそうな気がするが、なぜかお仲間がたくさんいた。(被写体は違うのだが)かっこいいお嬢様がカメラを構えて颯爽と歩いていたりするので、なんとなく「おいらも仲間です」と心の中でアピールしたり(笑)そんなわけで、あまり周りの目を気にせず堂々と撮影できたのだが。















 首都高の下をくぐって線路跡はマンション街の真ん中を貫く空き地になっていた。
 フェンスで囲まれているので遊び場になっているわけでもない。危険な場所ではないのだから地元の子供達に解放してもいいんじゃないかなとも思うのだが、都会には都会の事情があるらしい。例えばあっという間にホームレスに占拠されてしまったり。この付近で見かけることはなかったのだが。

















 小さな運河を渡る東側にレールがそのままに残されている場所があった。信号機器などもそのままになっていたが、その先の橋梁は撤去されていた。
 この辺りは線路に沿って歩くことができないので、かなり大回りをして豊洲運河の橋梁を見に行くことにした。資料に寄れば残っているはずである。




















 豊洲運河を渡る直前の廃線跡も見ることが出来そうなので寄ってみた。そこは、紛れもない鉄道のカーブを描いた駐車場になっていた。
 線路の幅というのは道路になったり駐車場になったり、車には都合の良いものらしい。特に複線の幅があれば駐車場になっていることが多いような気がする。

















 さて運河沿いの遊歩道を歩き、豊洲運河へ近づくがそれらしき橋梁が全く見えてこない。少し嫌な予感がしたがやはり撤去されていた。よく見ると橋脚だけが運河の中に取り残されていた。この周辺の開発のため作業船が出入りするのに邪魔なため撤去したようである。この日も対岸で作業船がクレーンで鉄骨を持ち上げていた。
 まぁそもそも橋があるために運河の用をなさないなら撤去もやむを得ないだろう。ようやく本来の運河として使われているようである。
 残っているのは橋脚だけで、橋台は既に遊歩道整備のため撤去された後であった。













 豊洲運河を渡った後はさらに激変していた。この辺りは晴海線と豊洲線の分岐点なのだが、現在は大型ショッピングセンターが出来ていた。新しい街が出来ていく過程を見ているようだ。





















 豊洲線の跡は現在道路になっている。これはこのまましばらく続いていた。























 晴海線の方向をみるとIHIの工場があった場所は既に取り壊されて、新しいビルを建てている最中であった。近づいてみると、基礎を打ち込むために完全に掘り返していて廃線跡は消失していた。

 ここで豊洲線を離れて晴海線の跡を辿っていくことにする。



















 写真奥から手前に向かって線路が通っていた、晴海通りとの交差地点。現在は全く痕跡が無い。
 このまま晴海運河を渡る橋梁へ向かう。果たして残っているのだろうか?




















 橋梁は完全に残っていた。これはかなり嬉しい。橋の前後はかなり消失していたのだが、ここだけはそのままの状態であった。






















 レールもそのまま敷いてある。増えたモノは雑草と錆びだけで、かつての姿のままであった。























 橋梁はコンクリ工場へと入っていくが、現在築堤等は完全に撤去されており、何かを建設中であった。






















 北側と南側に2本の支線があったが、こちらは北側。現在は更地。この砂利はバラストでもなんでもないようである。























 北側の支線の終着点。築堤だけは残っていたが、レールなどは全く残っていなかった。
 さて次は南側の支線へ向かう。こちらは埠頭の中の倉庫群を貫いている線路で、よく刑事ドラマでありがちな線路がひいてある港の道路と言えば想像できるだろうか?そんな光景が待っているはずである。今回の来訪で一番見たかった場所である。早速向かってみる。
















 …
 ちょっとショック…。
 何もないじゃあないか。
 線路を埋めた跡があるにはあるが、倉庫は?一体どこに?そもそも俺が今登っている橋なんて地図に書いてないぞ(笑)
 と不思議に思いようやくここで最新の地図を見ると、晴海埠頭と豊洲埠頭をつなぐ巨大な橋が完成していた。線路跡はちょうどこの橋にまっぷたつに分断された格好になっていた。橋の反対側に行きたいのだが、またしてもかなりの大回りを強いられる。














 反対側にようやく行くと、おぉ、倉庫だ!でも線路はやっぱり無くなっていた。いやよく見ると撤去したのではなく、そのままアスファルトで埋めたようだ。
 じーっと見ていると、端っこの方に光るモノが。






















 やはりレールはそのまま埋められているようである。車の通行に差し支えないわずかな部分だけレールが露出していた。これもまたいい光景である。いかにも廃線といった感じだ。



 晴海埠頭はこれでおしまいにして、今渡っている巨大な橋を渡ってみることにした。
















 ここからはレインボーブリッジが良く見えた。眺めが良いので写真を撮りに来ている人も結構いる。






















 橋を渡りきると、特徴的な形の新豊洲変電所が見えてくる。手前の土盛あたりまで豊洲線が延びていたようだが、期待は出来ない。それよりもなんか変な高架があるけどなんだ??あ、あれがゆりかもめか!とようやくここで気付く。ここまで平成11年の地図を見てほとんど来てしまったので、全く状況がわかっていなかったのであった。


















 ゆりかもめの駅から廃線跡を見てみたが、想像通りなんの痕跡も残っていなかった。
 これにてこの踏査はやめにして、ゆりかもめに乗って新橋へと向かった。台場のにぎやかさとは対照的にこの駅には私の姿しか無く、しばらくは一両独占で短い旅を楽しんだ。



 END

トップページへ
廃線メニューへ