東北鉄道鉱業  未成線 岩手県一戸町周辺 2005.5.4踏査



 東北鉄道鉱業については実は詳細がわかっていない。その存在自体はおそらく鉄道廃線跡を歩く]の発刊によって、広く知られることとなったと思われる。かく言う私もそうであった。しかし気がつけば岩手から宮城に転居し、踏査をする気もなかなか起きない中、当時岩手県二戸市に居を構えていたBAKUが一戸町近辺のみを踏査して来てくれた。以下の説明は前述の鉄道廃線跡を歩く]を参考にして簡単に述べるが、詳細はそちらをご覧頂くか「山さ行がねが」様でも他の区間を調査しているので参照していただきたい。
 未成線という性格上かなりあやふやであり、レポートを書いている本人が現地に行ったわけでは無いので妄想も多分に含まれることをご了承いただきたい。

 そもそもこの未成線は、現在のIGR(旧・東北本線)小鳥谷駅から葛巻を経て小川炭坑のある岩泉町門地区を結び、さらに岩泉線岩泉駅を結んで、最終的に小本線(未成線)を通って太平洋に達するという計画であった。実際に工事が開始されたのは大正15年のことで、小鳥谷〜門間において各所で建設が行われたらしい。しかし資金難により昭和4年頃に工事は中止された。


さて、起点となる小鳥谷駅の様子は現在どうなっているだろうか?跨線橋に登り、北に向いて線路を撮影してみた。


 残念ながらなんの痕跡も残っていない。
一本側線があるが、計画図とは全く逆方向を向いているので関係はないであろう。
 この周辺はあきらめ、少し集落を離れてみることとした。

 尚この先は、BAKUが現地で撮った写真と、私が空中写真から見つけ出した痕跡を参照していきたい。(ご想像の通り、BAKUにはなんの資料も渡していなかった。「小鳥谷から岩泉まで、なんかあったみたいだよ」と言っただけである。それでも見つけて来るんだから、才能はあると思う)








 空中写真を見ていくと、小鳥谷駅を出て馬淵川を2度渡った辺りに築堤らしき痕跡を発見した。計画図と見比べても、同じ場所なので間違いはないであろう。ただし昭和52年度の写真なので、現在も存在するかどうかはわからない。

 その後はしばらく空中写真を見ていっても、それらしき痕跡は見出せない。停車場の予定地だった姉帯の集落まで行ってみるが、この辺りはどうやら県道に転用されている部分もあるようだ。じゃあ県道に転用されてない部分は?といえば、その痕跡ははっきりとした形で現在も存在していた。初めにまた空中写真を参照してみよう。


 オレンジ色の実線で示した部分に、いかにもな築堤らしき痕跡が写っていた。では現地の様子はどうであろうか?まずは川を渡る箇所へ行ってみる。

 しっかりとした形で橋台が現存していた。反対側は建設されたかも定かではないが、葛巻側の橋台だけが残っている。

















 橋台から先は砂利道となっており、やがて県道と合流してしまう。
















 実際の軌道工事の痕跡は、この先岩泉町まで断続的に残っている。隧道も何カ所かで建設に着手していたらしく、その辺りの調査報告は前述した「山さ行がねが」様で行っているので参照してほしい。
 当サイトでも残りの区間を踏査した際には、その報告をしたいと思っている。で、なぜこんな中途半端な物件をアップしたかと言えば、なぜか今回紹介した区間が掲示板などで写真はアップされたことはあるが、こういう形で紹介されていなかったからというだけである。続きはいずれ。

終わり。

写真撮影 BAKU@札幌支部
本文、地図作成等 kenany・管理人    
2006年9月17日 公開 

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