上志文駅を出た万字線の線路跡は、次の朝日駅跡へと向かう。この路線、道路とほぼ並行して走っている割には車で走っていても非常に路盤の跡が確認しづらい。じゃあ降りてみたらどうなのかといえば、やはり畑や田んぼに飲み込まれていて確認できない。そんなわけで、ポイントを一つ一つ拾っていくような踏査になる。![]() 林の中を抜ける路盤の跡はその木々の切れ目でそうとわかるのだが、すでに自然に還ろうとしている。 ![]() ほどなくして、僕らは朝日駅の跡へと辿り着いた。万字線の跡は路盤の跡ははっきりしないが、こうした駅跡はしっかり残っているのでポイントを拾いながら踏査が好きな人には向いているかもしれない。 この駅跡は公園として整備されていて、沿線中最もきれいにされている場所だ。 ![]() ホームや沿線で使われた踏切、駅名標などが保存されている。車両も冬季はシートを被せられるようで、この日は見ることが出来なかった。 ![]() 朝日駅から川沿いにスノーシェッドのようなものがあったようだが、最近撤去されたようである。撤去された後の路盤はまだ土を掘り返したばかりのようで、何も考えず突っ込んだ我々はご想像通り けな「ずぶずぶずぶ…あ〜」 ばく「ひぇーひぇー」 てな感じでしばし苦しむ。 ![]() どんな田舎の廃線跡でも、しっかりと跡地利用は進んでいるようで、ちょっと民家があるなぁと思えば、路盤の上に新築の家が鎮座していた。 道路に残された踏切の跡の延長には路盤とは関係ない幅で住宅が建っており、道路が再舗装されればもうここが廃線跡とはわからなくなってしまうであろう。 昭和60年といえば、僕と同じ年代の人たちにはそんなに昔の事に感じないのだが、既に四半世紀が経とうとしている。 そう思えばこうして新旧の混在する風景があるのも当然であるし、やがて旧は新に入れ替わった風景になっていくのは当たり前の光景なのだ。 第二回終了 |