東北本線長町駅構内貨物支線 宮城県 2004.5.26踏査

 今回、紹介廃線は正確に言うと「長町駅から出ていた専用線」と言うのが正解かもしれない。
実は私も正確な事は現時点では未調査である。だが、この廃線は昭和50年代には間違いなく存在し、使用されていたことが当時の空中写真より明らかである。
 私が廃線跡の存在以外の情報を得ずに公開に踏み切ったのは、現在長町駅構内が劇的に変わっていて、ここ数年以内に廃線跡が消失する可能性が極めて大きいからである。
 現在長町駅にあった仕分け線やターンテーブルはほぼ撤去済であり、長町副都心計画の大規模開発事業が行われている。そのほとんどは高い鉄製フェンスに阻まれのぞき見ることも困難である。
 もしあなたも見に行くなら今のうちである。

1.長町駅構内

 前述したように、長町駅では現在再開発が進行中である。写真の場所はかつてターンテーブルがあった付近。今は遺跡調査をしている。余談であるが、再開発に遺跡調査はつきもののようである。工事を急ぐなら、その遺跡調査費用は施工主の負担になるという。この場合は仙台市が施工主なのだろうから、あまり関係はないが。
 このおかげで若干廃線跡の消失が遅れているのかもしれない。


2.三菱マテリアル専用線(推定)付近

 長町駅構内を出た貨物支線は草の生えている辺りに2本の線路が敷設されていた。右側が三菱マテリアル方向へ進入していたが、現在は三菱マテリアルの社屋自体が存在しない。青いビニールシートを被っているのが、ほぼ配線にそって作られた都市開発道路の築堤である。
 かろうじて2本分の線路をコンクリートで埋めた跡がわかる踏切跡。この付近では唯一残る遺構である。


3.JA及び仙台冷蔵倉庫方面への支線

 廃線跡は日商岩井石油の横を抜ける細い未舗装の道路として残っている。
 この辺は石油関連の企業が多いが、石油輸送にも使われていたのかもしれない。
 JA方面と仙台冷蔵倉庫方面への分岐点があった辺りである。
 ほとんどが駐車場として整地されていて、痕跡らしきものは何もなかった。右に見えるビルは河合塾であるが、そこのすぐ横を線路は通っていた。細い水路を渡る橋があるかと期待したが、残念ながらダンプの出入り口用に新造されてしまっていた。 
 JAにそって進む廃線跡は細い舗装路になって残っていた。奥に土が積まれているが、この辺りが消滅してしまう日も近いのだろうか…。 
 END


周辺空中写真 昭和50年撮影


「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」

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