山形交通 三山線 山形県 2004.6.20踏査


 山形交通三山線の歴史は、大正15年12月23日に羽前高松〜海味(かいしゅう)間を三山電気軌道として開業したことに始まる。その後昭和3年に海味〜間沢が開業して全線開通した。昭和18年に社名を山形交通とし営業していたが、収益悪化のため昭和49年に廃止となった。今回は西の終着駅、間沢駅からその痕跡をたどっていく。


間沢駅〜海味駅

 羽越本線旧線踏査の帰り道、未だ雨は降り続いていた。同伴のチャーリーとともに、「鉄道廃線跡を歩く」に載っていたホームの残る駅跡を探したが見つからない。ふと横を見ると、「山交バス」の文字が見えた。どうやらここが間沢駅跡。すっかり整地されて新しい営業所が建っていた。ちょっとがっかりである。とりあえずここから廃線跡はたどっていけるが、近辺の廃線跡は道路拡張の為破壊されてしまっていた。どの辺が線路だったのかは定かでは無くなっていた。
 それでも多くはこのような舗装道路として残っている。
車が通れる場所とそうでない場所があり、廃線跡を車で廻るのは結構骨が折れる。
 一部が砂利になった公園で道が突き当たる。ここが海味駅跡のようだ。「鉄道廃線跡を歩く」の写真とは遊具の配置が若干違うが、この近辺では駅跡らしいのはこの場所しかなかった。 
 海味駅跡近くの酒造資料館には、三山線の電車が静態保存されている。きれいに手入れがしてある。


海味駅〜石田駅〜宮内駅

 海味駅を出た廃線跡はその後国道に合流するように進んでいく。睦合公園の辺りで国道脇にやや広いスペースがあるが、ちょうど正面の木のあるあたりが石田駅のあった場所。ここからまた国道から離れていく。
 築堤がは国道から離れるように進む舗装道路になっている。
 築堤が終わると切通になる。この後はほとんど途切れることなく舗装道路として廃線跡がたどれる。
 順調に進んできたが途中でフェンスに阻まれる。ここは現在、水道橋になった橋梁の跡。
 一度水道橋を迂回すると再び廃線跡は舗装道路になって進む。
 宮内駅跡付近に残る変電所跡。未だ架線の部品が残っている。


宮内駅〜上野駅〜白岩駅〜羽前高松

 宮内駅からも舗装道路になった廃線跡がたどれる。
 しばらく道なりに進むと上野駅の跡がわかる民家の庭先に土台の残った場所に出る。
 その後、一度新国道で線路跡は分断されるが、しばらく行くと白岩駅跡を示す石柱が建った場所に出る。
 白岩駅からすぐの場所で寒河江川を渡るサイクリングロードになる。この後の廃線跡は区画整理の為、全くたどれなくなる。
 羽前高松駅の手前にガーター橋の後が残っている。
 橋から羽前高松駅まではそれらしき路盤が残る。おそらくは左の藪が廃線跡。藪の中には昔の駐輪場が放置されている。三山線の廃線後に作られたものだろう。
 現在の羽前高松駅跡。ここはJR左沢線の羽前高松駅でもある。左沢線自体が盲腸線なのに、それのさらに枝線的性格だった三山線がもたなかったのもわかるような気がする。

 END

廃線メニューへ


トップページへ