仙石線旧線 仙台〜陸前原ノ町 宮城県 2004.5.26踏査


 東北の私鉄の雄、宮城電気鉄道が昭和19年に国有化されてからも、仙台圏の旅客輸送の中心として今に至る仙石線。山手線から回送された205系電車もすっかりなじんだが、平成12年に当該区間が地下鉄化された。確かに市の中心部に近い場所をいくつもの踏切を渡る姿は高架が当たり前の都市部の鉄道交通機関としては無理があったかもしれない。廃止前は明らかに仙石線を境にして、街の様子が一変していた。(私的には、かつての戦災で焼け残った古い街並みが好きだったが。)数年前の光景を思い出しながら廃線跡をたどってみた。


仙台駅からたどる廃線跡

 かつての仙石線仙台駅よりやや東に行った場所。かつて宮電が地下駅を地上移設する際に仙台東口駅(仮)が設置されていた場所でもある。仙石線は同じ仙台駅構内を通りながら、東北本線と直接繋がっていないというややこしい線形をしていた。これは現在もそうで、車両の回送は東北本線小牛田駅より石巻線をディーゼル機関車で牽引されて、石巻駅から入線する。
 仙台の様子は日々変わっていく。昨日あったものが今日はもう無い。この道を進んだ所にあるX型の跨線橋、通称「X橋」も正面のビルの建設により、今は「Y橋」になってしまった。
 予想に反して線路跡は比較的簡単にたどる事ができる。ただし元私鉄だけあって、駅間は非常に短い。全部たどっても30分程度である。(写真を撮りながらでも)
 ここはかつて榴ヶ岡駅があった付近。正面の茶色いビルは線路の跡に建てられたものである。この場所も整地が終わっていた。
※補足訂正
Noriyuki様よりご指摘がありましたが、この場所は榴ヶ岡駅よりやや西よりの地点になります。現在の宮城野大通りとこの道路の交差付近となります。説明が至らなく申し訳ありませんでした(汗)
 写真の追加で、これが現在の榴ヶ岡駅跡。既に大部分が道路拡張に利用されている。右の緑地はそのまま残る路盤跡。

写真追加:2004.6.25
 かつてはここに踏切があって、宮城野原駅に進んでいた場所。現在は駐車場になっている。最近の舗装は踏切の跡は全くわからない。昔のものだと、よく踏切跡がわかったものだが。
 宮城野原駅があった場所。ここは仙台育英高校の正面に位置している。かつては高校生がたくさんいたのを思い出した。
 宮城野原駅からの路盤跡は一部転用が済んでいるが、複線分の路盤がそのまま残っている箇所が多い。この先のカーブを抜ければ陸前原ノ町駅である。ここには電車区があったため、やや広くなっている。
 駅の構内跡には、小学校の仮校舎が建てられていた。プレハブなので、一時的な利用と思われる。
 新しい陸前原ノ町駅。この辺りにも線路があった。ここから苦竹駐屯地内に軍用線も引かれていたが、それはまた別の機会に紹介しよう。
 この駅の手前から現在線は地上へと顔を出し、旧線と合流する。
 都市部の廃線跡なので、今の状態はそう長くは続かないであろう。建物の形から廃線跡を推測するのも楽しいが、それはまた後年に。

 END

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