| 今回紹介するのは仙石線の中でも早い時期、昭和56年に現在の高架に付け替えられた区間である。住宅地の中を進んでいた廃線跡は、今でも簡単にめぐることができる。謎の穴も発見してしまったが…。 |
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西塩釜駅を少し進むと、塩釜線を跨いでいた跨線橋の遺構が残っている。もし手元に「鉄道廃線跡を歩く X」があるなら、45頁の写真と比べていただきたい。線路が残っていた当時の様子との違いがよくわかると思う。ちなみに塩釜線の線路は駐車スペースのちょうど真ん中辺りに引いてあった。 |
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旧本塩釜駅までの路盤は道路に転用されていて、地形的にそうとはわかるが特に遺構は残っていない。駅舎の跡にはビルが建てられている。その後国道45号線に飲み込まれるように進んできた旧線は、この水路の橋を渡るあたりで西にそれる。写真は本塩釜方向を向いて撮ったもの。この水路には明確な遺構はなかった。何となく、そうといわれればそうかな?という程度。 |
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水路と市道を渡るとすぐに壁に当たって旧線は終わる…じゃなく、この壁が日和山トンネルの跡である。知らなければまさにただのコンクリートの壁である。 |
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近づいてよく見ると、うっすらとトンネルの断面が浮かび出している。この壁の奥にはもう誰も立ち入ることの無いであろう空間が静かに眠っているはずである。 |
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出口側である。こちらも入り口と同じくコンクリートで塗り固められている。このまま旧線跡は砂利の道になって北浜トンネルへ続く。 |
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北浜トンネルの入り口側。ここも状況は同じである。路盤は特に転用は見られない。付近の方の車置き場(駐車場ではなく)になっているようだ。 |
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出口側である。この辺りは民家や建設会社の敷地に転用されていたので、少し離れた位置から撮影している。 |
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東塩釜駅へと続く路盤は、駐車場や雑草の茂る空き地になっている。 |
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現在の旧東塩釜駅の跡は保険センター等に転用されている。写真を撮影している地点の真上が現在の仙石線高架である。 |
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これは現在の東塩釜駅のすぐ横、旧線が通っていた辺りに残る謎の穴。ネットが被されており、民家の敷地のため詳細はわからず。反対側も民家が被さるように建っていた。どうみても鉄道サイズじゃないし…素堀っぽいし…。そういえばこの辺はこんな感じの風穴?のようなのが塩釜神社の辺りにもあったと思うが同類だろうか?もし鉄道敷設の際に壊されなかったものなら、何かいわれがあるのだろうか?知っている方がいたら教えてください。 |
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杉の入トンネルの入り口側。すでに民家として売却されたようで、トンネルの前に物置が建てられている。やはりコンクリートでふさがれていた。 ※実はこの隧道は完全閉塞しておらず、当サイトと相互リンクさせていただいている「山さ行がねが」のヨッキれんさんが強行突入しております!ぜひご覧あれ。ミニレポート→その64「JR仙石線旧線 杉の入隧道」です。 |
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杉の入トンネル出口から続く路盤の跡はうっそうとした藪に支配されていた。もう既に廃線踏査の時期は外してしまっている。どうにもこの藪に突入する気迫がない(笑)というか、先日の仙北鉄道の踏査でかなり嫌な思いをしたため、あっさりあきらめた。また秋になったら来よう。 ここを振り返ればもうすぐ合流点である。仙石線の高架は徐々に周りとの高度差を無くし、やがて合流する。 END |