下北交通大畑線 前編 青森県 2001.9.26踏査


 
 下北交通大畑線昭和14年国鉄(当時は鉄道省)大畑線として、下北〜大畑間を開業、昭和60年に国鉄線としては廃止され下北交通に移管された。
 大畑線は戦時中、青函航路に代わる第二の北海道・本州連絡鉄道の一部として建設され、最終的には下北半島北端の大間まで延伸する予定であり実際に着工されたが、終戦を迎え工事は凍結された。(当サイトでは未成線部分を大間線と呼称する)
 
 下北交通に移管されてから15年後の平成13年3月31日に、やはり赤字体質から脱却できず廃止された。私がここを訪れたのは廃止から半年後のことであり、まだ地図上にも鉄道として記載が残っていた時期でもある。そのため路盤はほぼ全線にわたり残っておりレールや犬釘等が所々に置いてあった。
 
 現在の状況はどうなっているかは不明である。約3年前の状態であるので、参考としてごらん頂きたい。


JR下北駅周辺

 下北交通がJR大湊線から分岐していく地点である。廃止半年後ということで、線路跡はまだ生々しい感じがする。まだ廃線跡になりきっていない…そんな感じである。
 まだまだこのような標識がいたるところに残っていた。バラストの敷き詰められたままの路盤は、ふかふかして歩きづらい。いつもなら現役線をちょっと渡る時に経験するあの感覚がずっと続いていく。よく考えれば、それもあまりできない経験ではあるのだが。
 やがて県道を渡る踏切に出るが、道路のレールの痕跡は、この時点ですでに新しいアスファルトの境界となっていた。


むつ市昭和町付近

 この辺りの線路跡は、民家と民家の間を進んでいく。
 やがて海老川駅手前の踏切へと出る。この時点で駅の痕跡は広い空き地としてしか残っていなかった。


田名部〜田名部川橋梁

 実は田名部駅の写真が行方不明である(汗)ただ、廃線とは思えない状況であった。「鉄道廃線跡を歩く]」をみても、その後も大きな破壊はなかったとみえて、ホームも健在のようである。
 写真は田名部川橋梁である。下路プレートガーター橋であった。
 どこにいっても落書き君の根性はすごい。命も省みずである。仙台市の名取川に架かる人道橋にも信じられない場所に落書きがしてある。そんなことで命を落としても何も残らないことに彼らが気付くのはいつの日のことであろうか。
 橋梁付近の路盤にはレールが放置されていた。しかし妙に曲がっているが…。線路以外の用途に使われていたものであろうか?と思ったがここは写真奥の農道と交差する地点。おそらくは踏切内の線路の内側に敷設されたレールではなかろうか。(正式な名称はわかりません…)

後編へ続く

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