東北本線旧線  北白川〜大河原 宮城県 2006.5.5踏査

  またまた北白川駅周辺の調査に向かう途中の事。今日は朝から、はくちょう氏に「北白川〜大河原あたりに轢死体」との情報を得て、早速死体を検分にというのは冗談で(轢死体は本当w)、R4を普通に行くのもつまらない(これもパターン化しつつあるが)ので大河原から東北本線沿いに行くことにした。といっても、このルートは結構通っているのだがバイクでは初めてで、比較的周りの景色に目を配りながらとろとろと進んでいた。ちょうど、はくちょう氏の現地到着を知らせるメールがバイブレーターを振動させた瞬間、何やら私の視界に怪しい物体が。


 なんか畑の真ん中に煉瓦があるぅ!wこの区間は結構注意して走っていたつもりだったが、3年通って初の発見だった(^_^;
 とりあえず、北白川駅ではくちょう氏が待っているので、写真を遠望で一枚撮っただけで、帰りに褌祭参加者で寄ってみようと、その場を立ち去った。














 さて、北白川の調査も終わり、再び現地に戻ってきた。バイクをとめてさっさと接近していく私とはくちょう氏。BB氏は車からなかなか出てこない(褌だからw)とりあえず、気にせずに進むとBB氏も車から降りてきた。
 この物件、遠くから見ていて、いつも見ている煉瓦橋台には違いないのだが何か違和感があった。それは近づくにつれ理由がわかってくる。

















 そう、いつもは見えない場所が見えているのである。つまりは「築堤が消失」していた。国鉄系の旧線跡の場合、何か残っているか何も残っていないかが比較的はっきりしている傾向があるのだが、このような周辺の築堤は完全に消失していて(畑に転用)橋台だけが残っているケースは、私が知る限り珍しいと思われる(同様のケースで、仙台鉄道の吉田川橋梁などはあるが)。この橋台だけが残された理由は、現時点では不明である。発生の要因としては単線規格の橋台であるため、この周辺の複線化の際、曲線改良を行った為であろうとは推測できる。煉瓦のいつも見ていない部分は、非常に奇妙な積み方であった。(分類不可w)分類自体は表面的なもので、見えない部分が結果的にこうなっただけに過ぎないのだが。







 橋台の延長を北白川方向に向いて撮影してみたが、ごらんの通り何もない。横の土手は完全に現在線の築堤となっており、旧線部分は上下方向とも完全に消失していた。帰宅後空中写真で確認してみたが、その当時は築堤は存在していたようだ。
 白石〜大河原間は宮城県内の東北本線旧線では一番「アツイ」区間かもしれない。
 やっぱり油断できない東北本線w

 轢死体は当局によって処理されておりました。
END







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