山形交通 高畠線 山形県 2004.5.19踏査


 この路線の始まりは、大正11年に開業した高畠鉄道である。その後昭和18年に山形交通と合併し山形交通高畠線となる。この路線もモータリゼーションの波に例外なく飲み込まれ、昭和43年に高畠〜二井宿間を廃止、続いて昭和49年に糠ノ目(現JR高畠駅)〜高畠間が廃止され、全線廃止となった。
 この路線の大半は遊歩道として保存されているが、正直私好みではない路線の一つである。その理由は後に述べるが…。先ずは廃線跡を糠の目駅跡から追っていった。


糠ノ目駅(現JR高畠駅)付近

 糠ノ目駅はかつては無人駅だった時代もあったが、山形新幹線開業を期にごらんのような立派な駅舎になった。温泉まである。
 駅に温泉というと私は北上線のほっとゆだ駅が思い出されるが。ちなみに入浴中、フジテレビの「めざましテレビ」に出演したこともある。あの時、やっぱりメディアなんてやらせと真実は紙一重だなと思ったものである。また、人間全裸だとものを強く言えないものだとわかった。(笑)
 この駐車場のあたりから高畠線が出ていた。写真は駅の跨線橋から撮った写真。
 東西自由通路内には、このような高畠駅の沿革も表示されている。
 廃線跡は「まほろばの緑道」として延々と続いていく。
 駅でレンタサイクルを借りられるので、自転車でめぐるのも良いかもしれないが私はごめんだ。(笑) どうにもこのように整備されてしまった廃線跡がお好みでないのである。
 廃線の「雰囲気」は保存されるが、整備と同時に数多くの遺構まで撤去されるパターンが多いからである。よって発見もなく、同じ風景を延々と見せられるのは結構苦痛である。モニュメントは所詮偽物であるし、線路の様に埋め込まれたタイルもレールではない。だったらレールをそのまま埋めてくれと思うことが多々ある。(この路線ではないが) 


竹森駅〜高畠駅〜二井宿駅

 遊歩道を痕跡もない一本柳の駅も過ぎ延々とたどっていくと(もう既に嫌になってる)ようやく遺構らしい遺構に巡り会える。写真は竹森駅のホームの遺構である。ここまでの区間は何本か橋梁もあるが、橋台もろとも新造されており、見るべきものはない。文章がとげとげしく感じるかもしれないが、たぶん気のせいである。
 高畠駅の遺構はそのまま保存されている。周辺の新築された関連の建物も同じ石作りで統一されていて好感がもてる。(一応あげ(笑))
 駅構内にはホームの一部と、車両が保存されている。写真はED1型電気機関車。
 間にワム206有蓋車を挟んで、モハ1型電車が連結されている。どれもきれいに保存されている。
 高畠駅を出た後も、廃線跡はサイクリングロードとして国道113号線にそって進む。途中サイクリングロードは蛭沢湖へ折れて行くが、廃線跡は国道脇にかすかな痕跡を残している。写真は二井宿から高畠方向に向いて撮影。右側のやや平坦な空き地が廃線跡である。
 終点の二井宿駅跡である。この舗装路の切れ目付近から奥が駅構内である。ホームが残っているのだが、製材が積まれており、簡単には確認できなかったため今回はパス。近々再訪して確認したいと思う。

END