東北本線旧線 利府〜品井沼 前編 宮城県 2004.4.26踏査


 元々の東北本線は「山線」とよばれ旅客線として使われていた。しかし昭和31年「海線」に旅客列車が走るようになり、電化・複線化を「海線」で行うことに決定したのを機に「山線」の岩切〜品井沼間を昭和37年に廃止することになったが、地元の存続運動もあり、岩切〜利府間が支線として残された。今回は利府駅周辺から品井沼までの廃線区間を散策してみた。廃止後40年以上たったにも関わらず、廃線跡は生活道路として生き残っていた。おかげで全般的にたどりやすく、しかも遺構もそこそこにあるという、おすすめの路線である。


利府駅周辺の遺構

利府駅構内  東北本線を岩切から分岐していく支線のたどり着く先が利府駅である。近年この周辺はサッカーワールドカップ会場になった宮城スタジアムや、それに伴い仙台北部道路も建設され、急速に開発が進んでいる。現に旧線の一部もここ数年で宅地になってしまった。
 利府駅を北に進むと線路は途切れて駐車場になっているが、そこからさらに進むと、一部レールが残されて廃車になった交流電機が保存されている。
 この廃車群はまだ線路が残っていた頃は、構内に色褪せたまま留置されていたものである。
 写真は左がED751、右がED9121である。
 3線分の煉瓦の橋台。(利府駅側)
数年前まではこの付近までレールが残っていて、ここにもIビームが架橋され、反対側も橋台が残ったままであったが、品井沼側は住宅地になり撤去されてしまっている。

2001年春の利府駅構内

 右の写真のように、構内にはまだ線路が残り、機関車が留置されていた。
 現在は駐車場や宅地に転用されている。
利府駅2001−1
利府駅2001−2


森郷児童公園

ED9111  利府駅を過ぎて北上すると、旧線跡上に森郷児童公園がある。
公園内には交流電機ED9111と蒸機C58354が静態保存されている。
 この車両たちも2004年3月までに化粧直しをしたばかりである。
 車両の置かれている線路と旧線の軌道が一致するかは確認できなかったが、コンクリートで台座を作り直していることと、あくまで見た目であるが、次に続く線路跡を見ると若干南東寄りにずれているように見えるのだが…。
 車でピンポイントで回る場合は公園に駐車場はないので、すぐ北の旧線脇に車の止められる空き地に駐車して、そこから歩くのがいいであろう(ほんとうにすぐ近くである。)
 または利府駅の駐車場を利用する手もあるが、わたしは体力がないので迷わず前者を選ぶ。(笑)
 子供も多いので十分に注意していただきたい。
C58354
利府駅北レンガ橋台  森郷児童公園の北側出入口からそのまま北に延びるように線路跡は続いていく。100m程進むとレンガ橋台を見ることがでる。橋桁自体は簡易なもので、鉄道に由来するものではないようである。
 このまま旧線跡の道は三陸道に分断されるまで直線的に進む。
 2車線の町道との交差点から先は自転車道になる為、車両の進入は不可である。(左の写真参照)
 この自転車道は利府中インター付近で県道8号と交わって途切れる。
 交通量の少ない道であるが、猛スピードで飛ばしてくるドキュンな車もけっこういる。
 ぼぉーっとしてるとやられちゃうので注意。
利府駅北線路跡


利府中インター付近の遺構

利府中レンガアーチ  利府中インター脇の細い車道に入ると旧線跡に繋がるが、旧線跡から東にそれる脇道に入ると煉瓦アーチ橋が現れる。
 このアーチ、なぜか廃線もののガイドにはあまり載っていないようである。確かに見落としそうな場所ではあるが…。それともあまり見る価値のないものなのであろうか?
 単純に、書籍取材の方はスケジュールに押されてゆっくり見られないというのが理由であろうとは思うが。車でも行ける場所なので、皆さんも行ってみてはいかがだろうか。
アーチ内部  内部も特に損傷はなく比較的良い状態を保ってる。車両の通行も可能である。
 補足すればここを抜けると、三宝荒神という神社が目の前である。
 アーチを訪れる際の目印とすると良い。
春日付近  旧線跡の道はそのままほぼ三陸自動車道にそって、細い舗装道路として残っている。途中三陸自動車道をくぐる地点周辺付近には当時の石積の壁が確認できる。
 
 ところで、この辺にはやたらと看板が立っている。「変質者に注意!」と。ねぇ、それってもしかして…。みなさん、怪しい行動はくれぐれも慎みましょう(TT)
 三陸道の西側に旧線跡が移った後は、県道8号と三陸道に挟まれるように松島海岸インターまで続いていく。
 松島海岸インター手前には赤沼信号場の跡が、広い未舗装の道として確認できる。構内はこの先の児童公園のあたりまでだったようだ。

後編へつづく