東海道本線旧線 吹田〜大阪 大阪府 2005.1.21踏査


 今回ご紹介する東海道本線旧線、吹田〜大阪間はご存じの方も多いとは思うが実は廃線であって廃線でない。知らない方は「?」だと思うが、この区間は現在もほとんどの区間を阪急千里線と京都線が使用している現役区間である。その中に残るかつての明治の大動脈たる遺構をご紹介していこうと思う。


 現在の東海道本線は高架化されており、分岐点は定かではないが、かつての東海道本線の転用されなかった路盤はこのような住宅地の中の細道として、一部残っている。この新線への切り替えは大正2年(1913)に行われている。
 まっさらな路盤はないだろうと予想していたが、民家の裏庭的な感じでほとんど転用されていない路盤跡が、阪急線との合流点手前にまだ残っていた。
 現在の阪急千里線、つまり元の東海道本線へと続く廃線跡がわずかながら線路にそって残る。この先は路盤は阪急千里線として利用されている。
 阪急線の路盤の下に残る東海道本線時代の暗渠の遺構。現在も現役である。
 踏切内から路盤を眺めてみたが、路盤そのものに遺構らしきものは見つけられなかった。
 阪急線神崎川橋梁の橋脚の内、円形の基部をもつものが東海道本線時代の遺構である。
 よくみるとずれているような気がするのだが大丈夫なんだろうか?
 井戸口橋梁には、めずらしい欠心アーチが用いられている。
 
 下新庄駅のホーム下に隠れるようにしてある、下久野暗渠。残念ながら草刈りなどの手入れはされておらず、尚かつフェンスに阻まれて近づけないため見づらい写真となって申し訳ない。(しかも携帯w)
 この遺構の注目すべきは焼過(やきすぎ)煉瓦を利用した美しいアーチ部と、よく見ないとわからないのだが、アーチの曲率が小さいために利用された楔型煉瓦が使用されている点である。
 全国的にもかなり希少な物件なので、近くに行ったら必見である。しかし、一般の民家の庭にお邪魔しないと見れないので、くれぐれもトラブル無きよう許可を得て見ることをオススメする。
 阪急千里線と、京都線の合流点。ここからは東北ではなかなか見られない複複線区間である。
 淀川のすこし手前で、阪急線は大きく西へそれていくが、東海道本線はそのまま直進していた。フェンスの向こう側が廃線跡。
 おとなしく道を通っているが、右の建物の辺りまで、廃線跡である。
 廃線跡としてたどれるのは水道局の辺りまでで、その後は合流していくのだが、高架化の影響などもあり廃線跡は消失していた。


おわり

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