今回ご紹介する旧線跡は、岩手県二戸市の国道4号線のすぐ横にある為、車窓から見たことのある方も多いのではないだろうか?かく言う私も、その姿を何度と無く運転中の車窓から見ていたのだが、この度ようやく車から降りてゆっくり見ることとした。かつて盛岡に住んでいた時に、「いつでも行けるさ」と切り捨ててきた路線の一つでもあるこの区間は、我がスタジオしゃかりきの岩手支部から、わずか車で10分という場所にある。BAKUにおつかいを頼んでもよかったのであるが、やはり総裁自らが出向くこととなり、今回の踏査となった。 ![]() この区間は、他の例に漏れず東北本線の複線電化に伴う廃線跡であるが、他と事情が違うのが、十文字川橋梁の老朽化に伴う橋梁の架け替えで発生した旧線区間である。しかし、廃止時期は昭和43年6月21日と、東京よりの鳥越隧道の廃止からわずか10日後のことであることから、複線用橋梁を新設し単線の旧橋梁を廃止したということである。写真は東京方に向かって撮影した分岐点附近。見えづらいが藪の向こうに現在線がある。写真を見てわかるように、国道4号もすぐ横を走っている。 ![]() 青森方へ向かうと、左から現在線の橋梁、旧線の橋台跡、国道の橋梁という景色が現れる。青森方へ向かって車で走っていると、目にする光景であるが、恐らく同好の志以外は何の興味も持たずに通り過ぎていると思う。 ![]() 何の変哲もない、良くある煉瓦の橋台跡。しかし、車窓から見るよりもその高さは意外にも結構なものであり、ここから川面までは20m程の高さがある。 直接橋桁の荷重を受けていた部分はコンクリートで巻かれているが、下部構造は煉瓦の意匠を良く残しており、小粒な割にはその高さのせいか重量感を感じさせる。 途中橋脚があった形跡があるが、ほとんどその形を残しておらず、現在線の橋脚の位置から予想して、おそらくは橋脚跡であろうという程度の痕跡のみ残っている。 ![]() 橋越えの跡の旧線跡は、わずかな築堤を残し、今も痕跡を残す。写真の車載車が駐車している位置がかつての旧線の路盤。 ![]() 小さな踏切を越えたあたりで旧線は合流していたはずであるが、車の轍と、現在線の間のスペースが旧線と思われる。このラインがちょうど現在線と直線的に繋がるラインである。 皆さんの周りにも、お手軽な旧線跡はどこかにあるはずである。一度道路の横をじっくり見てはいかがであろうか。ちなみに岩手支部長は、気付いておりませんでした(笑) END ![]() |