東北本線旧線 東白石〜北白川 宮城県 2004.6.10踏査


 東北本線のこの区間はちょっと旧線跡の中でも珍しい、「旧線の旧線」が存在する。明治期の日本鉄道時代の旧線跡と、河川氾濫によって開業からわずか2年後の明治22年に山側に移された旧城山トンネルを含む旧線跡である。現在の東白石駅は昭和36年12月20日、北白川駅は明治44年12月19日の開業で、東白石駅はこの区間の電化改修後に開業した駅なので、旧版地形図を見る際は注意されたい。


城山隧道付近の遺構

 宮城県白石市の白石インター近くの国道4号線から、県道50号線に渡ると東白石駅に出る。そこはご覧のように奥羽山脈が間近に迫り、白石川がゆったりとした流れを見せる、なかなかの好景地でもある。
 写真は東白石の駅を向いている。おそらくこの辺りから明治の旧線は分岐していたと思われる。
 同じ場所で180度向きを変えると、現在線の下り線城山トンネルの白石方坑門が間近に迫る。旧城山隧道へ至る路盤は、ちょうど木の生えている辺りを通っていたようだ。直前に水路を渡っているが、特に遺構は見られない。
 そのまま県道を青森方面に進むと、道路から旧城山隧道の坑門が顔をのぞかせている。この写真を撮影している位置は県道だが、既に明治期の旧線跡を利用した区間であると思われる。隧道の白石川側の鉄道が通れそうなスペースは今のところこの県道しかない。
 ちょっとした斜面を降りていくと隧道の坑門前に出る。アプローチは、坑門のすぐ脇にあるので、来訪の際の参考に。
 隧道内部の状態。入り口にちょっとした柵はあるが、人間を遮断できるほど大げさなものでは無い。内部でカーブしており、出口の明かりは見えなかった。最近、ヨッキれんさんのサイトに影響されて、基本的には隧道は突入することにしている。今日ももちろんそのつもりで…あ、ライト忘れた…(涙)実はこの後、ライト無しで突入してみたが、だめ…。怖い…(笑)距離的には400メートル程度であるが、次の明かりが見えるまでのわずかな距離が耐えられなかった。すいません…。
 気を取り直して、隧道の側壁である。今まで気にしなかったが下半分がイギリス積みで、上半分は長手積みになっている。全然気が付かなかった…。もしかして今まで見た他の隧道もそうだったのだろうか…?自分の注意力の無さに反省…。
 隧道から離れて、旧旧線と思われる県道区間、現在線からかなり離れた県道の白石川側に、国鉄の境界票を発見。これは県道が、旧旧線の跡を利用している事を示す物証ではなかろうか?廃線跡は売却されることも多いが、中にはJR保有のまま自治体に貸与されるケースもある。これは後者のパターンか?そうであれば貸与票なるものがその辺にあるはずだが発見には至らず。
 ほぼ同一地点の県道。カーブの感じが鉄道っぽいといえば鉄道っぽいが。
 さらに県道を進むと藪に隠れてる横坑がある。ここからも突入可能か?塞がれているとの情報もあったが、現在見る限りは内部への進入は可能のようである。ただし、県道と横坑の間には水アリ。要長靴装備。この場所も県道からは既に藪で全く見えない場所。おもむろに県道に戻ったら、自転車のおじさんが居てかなり驚いていた。驚かせてすいませんでした。
 隧道出口へ歩を進める途中から、県道から離れていくように旧旧線の路盤跡らしきコンクリート法面をもった平坦地が現れる。幅等から推測してもどうやら間違いないと思われるが。
 そして、出口側の坑門へたどり着いた。この隧道は明治初期の隧道としたら、保存状況は最高レベルではないだろうか?一部コンクリート補修の跡は見られるが(入り口側で言えば、イギリス積みで作られた部分)それ以外は全く損傷がない。ああ、通りたかった…。出口側の内部の路盤はかなり凸凹になっている。写真の有刺鉄線の柵は真ん中が解放状態である。
 そして新線へと合流するが、どこからが旧線でどこからが旧旧線なのかは判然としない。城山隧道付近の遺構はこれで終了。この先は県道をそのまま北白川駅へと向かえば良いのだが、今回は白石川の河川敷方面へと進んだ。北白川駅から伸びる砂利線の踏査の為である。2004.6.15現在、ルートの確証を得られていないが、それらしい遺構は発見している。また後日、皆様にお知らせしたいと思う。

「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」


北白川駅付近の旧線(推定)

 正直にいうと、この場所を紹介するのは迷っていた。というのは、北白川駅付近の旧線に関しては、何も資料が無いのである。これは砂利線の調査をしている過程で空中写真を見ているときに、砂利線の候補としてあがった怪しい鉄道跡らしきラインを発見し、とりあえず現地に来てみた次第である。ここが旧線ならば分岐点にあたる場所。方向は白石方を向いている。なんとなくそれっぽい雰囲気。
 同地点の反対側。空中写真では、はっきりとしたラインが残っていたが、現在はご覧のように全くわからない。近くに新しい専門学校が出来ており、この辺りも土地の改良が進んでいるようだ。 

「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」
 参考までに空中写真をアップしておく。赤い線が現在踏査しているライン。ちょうど赤線の左端に位置する場所に私は立っている。オレンジのラインは前述の砂利線らしきライン。昭和50年のモノである。
 見た感じ、完全に様子は一変しており完全に見切りをつけた私は、期待度高の高田川橋梁(推定)へ向かった。しかし川は完全に護岸整備されており、遺構は発見できず。それでもなんとなく川の底に橋脚があったと思われる場所にコンクリートの基礎らしきものが露出しているのを発見した。現在線にもほぼ同じ位置に橋脚があるので、これは期待度大の発見である。
 そして、期待はほぼ確信に変わる。橋台跡(推定)から北白川駅に進むライン上の笹藪の中に発見したJR東日本の「土地貸付票」である。借り主は白石市である。ここは間違いなくJR所有の土地であった。現在線との距離は約50メートル。普通に考えれば路盤が変更されていなければ、ここをJRが所有している理由はないはず…。
 徐々に現在線に近づいていく。旧線と思われるラインは、道路脇の藪である。
 かつての北白川駅構内と思われる広い空き地。写真の左側はすでに北白石駅の構内に入っている。現在の駅舎は移転されたものかどうかを含め、この区間については現在も調査を続行中である。進展があれば、すぐお知らせしたいと思う。

 END


 参考サイト「Nicht eilen」

廃線メニューへ

トップページへ