漆沢森林軌道  その4 宮城県 2007.6.3踏査

 朝日沢の軌道跡は全軌道跡を踏査したということにし、再びスタート地点へと戻ってきた。
往復で高巻き、沢渡りを繰り返した我々は、誰も口にしないが見た目で明らかに疲労しているのがわかるのであった。


 とりあえず車に戻り水分補給やら、着替えやらをし、スタート地点付近の夕日沢軌道分岐点があったと思われる場所へと自然に足が向いた。と、言ってもかなりの軽装で、これから何かしようと思っている装備ではない。むしろ「もう帰ろうかな」という雰囲気が全体に漂っていた。

 分岐点付近には堰堤工事の事務所が置かれ、何も期待できないはずだったのだが…。

 がしかし、それは存在したのだ。
numako氏が
「これ分岐してるよね?」とあっさり見つけてしまったのだ。


 しかしそれだけでは、まだこれから先どうしようという気は起きない。たかが路盤の跡。それは鳴瀬川本流を渡っていたようであるが、見た感じ橋梁の痕跡は完全に失われている。向こう岸に関してはどこに渡っていたか等手がかりは全くないはず…であったのだが、


 うわぁ…なんかある(笑)

 ちょっと変な色気を出して、普段ほとんど使わない双眼鏡を持ち出したのが運の尽き。明らかに橋台の石積らしきものと、よく見るとそこから続く築堤が見えている。しかしまだ私以外に気付いている者はいない。今なら帰れる(笑)











 5分後、みんなで川渡り中(笑)

 無理でした。隠しておくことなんてできません。
















 渡っていきなり最初の発見があった。
 橋脚の痕跡である。それは硬い岩盤の河床に丸い穴が点々と残っている物であった。一部の穴にはまだかつての橋脚が朽ち果てながらも残っていた。この珍しい遺構に、さっきまで帰ろうという空気が満々であったのだが、全体に踏査続行という空気が広がっていった。













 さて対岸から見えた石積のようなもの。間違いなく橋台の跡であった。そしてそれに続き築堤が形成されて緩いカーブを描いている。

 とりあえずはここから築堤上に上がり、路盤をトレースしていくこととなる。














 しばらく行くと再び橋脚の痕跡を発見した。
雰囲気はかなり大規模な軌道であったことを予感させる遺構。

















 そして川底にはレール。益々期待が持てる。しかし期待度が上昇するに従って、我々の疲労度も確実に上昇している。

 朝日沢は路盤に下草があまりなかった…というのは山菜採りの人たちが頻繁に利用しているためか、かなり歩きやすかった部分が大半であった。

 しかし川に遮られた夕日沢の路盤は、立ち入る人が全くいないのか下草が生え放題。それが我々の足に確実に絡みつき体力を奪っていく。







 そして何よりも辛いのが、橋台の石積以外の遺構が全くないのである。放置された枕木くらいはあると思っていたのだが、それすらもない。

 皆無言で歩き続ける。辛い時間である。














 そして、ついに終演を迎える。

 今歩いている岸の路盤は突然消失した。前方は切り立った崖である。
 もしかして対岸に…という可能性も含んでいるが、対岸に渡るためには深い渕をクリアする必要があった。
 メンバーの体力、そして時間を考えここで撤収を決意する。
 この決断が正しかったことが判明するのは、この時から1年後のことであった。

 この後の軌道の謎を残しつつ、舞台は2008年8月へと移動する。




第4回終わり。

第5回へ続く。

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