好間炭坑専用鉄道 福島県 2005.2.17踏査


 福島県いわき市周辺は、かつては常磐炭田の一部であり全国3位の出炭量を誇っていた。周辺にはいくつかの炭坑専用線が建設されたが、今回ご紹介する好間炭坑専用鉄道もその一つである。開通は明治40年5月のことで、それから半世紀近く好間炭坑が閉山した昭和44年まで活躍した。その後、途中にある火力発電所へ常磐線内郷駅から逆に石炭を運ぶために昭和47年まで利用されたが、内郷駅の貨物扱い廃止に伴い廃線となった。


 常磐線内郷駅から分岐していく専用線の跡は、その跡をトレースするように右手にある石材工場の建物になっていた。
 いわき市の水道施設の門の位置がちょうど廃線跡。
 水道施設を横切って、廃線跡はパチンコ屋の駐車場となって進む。ちょうど駐車場の通路になっているあたりである。
 パチンコ屋の先の路盤跡から、内郷駅方向に向かって撮影。この場所は私有地となっているようだ。
 同じ場所を振り向いた先からは、路盤がほとんど手つかずのまま残っている。大型トラックが駐車している場所がそう。横に鉄道廃線跡を歩くでも紹介されている地蔵があるが、こういういわれのよくわからないものには、間違っても手を合わせてはいけない。後々の不幸の元である。皆さん、やってませんか?w供養は事情のわかるかたに任せましょう。
 路盤の跡は、民家の裏庭的に使われている。なぜか民家裏の路盤跡は、畑とか花壇とか、物干し台置き場になってしまう(笑)
 ちょうど上の写真の位置のあたりに残る、煉瓦の橋台跡。破損がほとんど無く、良好な保存状態だ。
 鬼越隧道へと向かう築堤が、ほとんど原型のまま残っている。現在は周辺の住民の散歩コースになっているようで、犬の散歩をしている人が結構いた。
 築堤の先、竹林に隠れるように鬼越隧道が残っている。特に変わった意匠はないが、煉瓦作りの立派な坑門である。内部入口そばには地圧による変状を防ぐ為?なのか横にかなり大袈裟なつっかえ棒が渡してある。
 その割には内部の状態も良好であるようにみえる。
 と思ったら、少々天井部が崩れちゃってましたw
 頭に落ちないことを祈る。
 そしてお約束。ジョージアオリジナル(笑)
 好間側の坑門も、破損もなく残っている。この隧道、おそらくは廃止した頃は山を抜ける近道として、車道として利用されていた感じである。
 好間側の出口方も、かなり大きな築堤で抜けていた。
 この築堤の下に、かなり変わった意匠の煉瓦アーチ橋が現存している。現在も水路として立派に現役である。
 この先に第二鬼越隧道があったが、国道49号バイパスの建設の際に壊されてしまったとのこと。現在はこれ以上行けないように盛り土がしてあり、その向こうがバイパスになっている。
 バイパスを迂回して、再び廃線跡が復活するのはこの神社の付近からである。路盤の跡が、そのまま道路になっている。写真は内郷駅方向。
 そのまま進むと、再びバイパスの築堤に遮られる。路盤跡は写真左手から来ている道をそのまま築堤方向に進んでいた。
 築堤の先の路盤跡は、再開発によってよくわからなくなっている。おそらくは重機の置いてある辺りがかつての路盤跡。
 好間川を渡る手前の市道には、踏切の跡が残っていた。
 今もレールもそのままに残っている好間川橋梁。非常に渡りたい!渡っても恐らく大丈夫。ただし、非常に人目が多い(笑)
 横から見た橋梁跡。跡というには忍びない程、今にも列車が走ってきそうな感じである。
 橋を渡ると、路盤跡は強烈な藪に支配されている。これはちょっと勘弁。いずれこの先は、いわき中央インターによって消滅している。
 インターを過ぎると路盤跡は再び復活するが、墓地となっている。墓地の先は道路の一段高い場所を築堤状にすすんでいく。
 築堤上には民家が建っていたり、その私道になっていたりと、侵入は戸惑う。やはり、そばから見るのが吉。
 かつての炭坑のヤード手前は、廃材置き場になってしまい、路盤ははっきりとしない。
 この辺りが、ヤードの末端。ここから石炭を積み込んでいた。


END

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